1 はじめに
最近、全国的に病院やクリニック等の医療機関の倒産が目立っています。
静岡県内では、まだ病院やクリニック等の破産は決して多くなっているわけではありませんが、大きな病院でも従来と比較し経営が悪化しているとの新聞報道もなされています。
数年前の一般社団法人日本病院協会の調査によりますと、約6割強の病院が医業収支上の赤字を計上していたとのことです。
この最大の原因は、国によって規制されている診療報酬がギリギリに設定されていることです。
全国の保険医の自主的組織である全国保険医団体連合会(略称 保団連)も診療報酬の低さに悲鳴をあげ、これでは医院を維持し、適切な医療を施すには限界があると指摘しています。
保団連の令和7年2月の調査によると、9割を超える医療機関が令和6年の診療報酬改定では光熱費等の値上がり分を補填できていないと回答しているとのことです。
保団連は、令和7年3月11日、石破 茂首相に対し、診療報酬の大幅引上げなど物価高騰に対する医療機関への財政措置を求めたとの報道がなされています。
保団連の調査は、令和7年2月に実施されたのことですが、回答した35都道府県の4503の医療機関の内、約7割弱の医療機関が診療報酬改定後に収入が下がったと回答し、約9割の医療機関が診療報酬改定で光熱費、材料費、人件費などを補填できていないと回答したとのことです。
又、いくら働いても経営が成りたくなっている、医師が自分の給料を減らしたり、自分の貯金を取り崩したりして経営をしているとの実情が寄せられているとのことです。
又、東京はテナント料が高く閉院するケースもあり、保団連は「地域住民が安心して医療を受けるには、安定した病院経営が必要だ。
国は病院の収入源の大半を占める診療報酬を大幅に引上げて欲しいと国に要望しています。
国の財政は厳しく、診療報酬の単価を抑制するのは直ぐに思いつくことですが、これでは保団連も述べるように、地域の人々の健康を守ることはできません。
十分な報酬を支給せずに良質な医療を提供するのは無理があり、国は診療報酬ではなく、他の無駄な出費を抑制して、人々の健康を守るべきです。
20年位前までは、病院やクリニックの経営に十分な余裕が生み出されるような診療報酬が設定されていて、診療に従事する医師は医療機関の経営を考えることなく医療に専念できたということですが、今では2年に1度実施される診療報酬改定のたびに、上記のように診療報酬が抑えられ、病院やクリニックの経営は益々厳しくなっています。
それに加えて、最近のコロナ禍、その後の物価高等は病院やクリニックの経営を悪化させる要因となっていますし、保団連の調査もそれを明らかにしています。
そこで、ここでは病院やクリニックが経営不振になり、自己破産の申立てをせざるを得なくなった場合の対処法について説明します。
2 最近の病院やクリニックの経営悪化の要因
今は病院やクリニックも以前より増加し、競争が激化し、それが医療収入の低下にもつながっています。
光熱費、医師や医療スタッフの人件費等の高騰も経営の悪化要因となり、病院やクリニックがコロナ禍で金融機関からのいわゆるゼロゼロ融資を受けたような場合、この返済も開始され、この元利金返済も病院やクリニックの収益を圧迫することになります。
このような経営環境の変化とゼロゼロ融資の返済開始等は、病院やクリニックの経営に深刻な影響を及ぼしています。
3 病院やクリニックの自己破産において注意すべきこと
(1) 医療スタッフへの対応
病院やクリニック等の医療機関は、勤務医師、看護師、医療事務従事者等の多くの医療スタッフを雇用しています。
医療スタッフに対しては、事前に医療業務の停止、自己破産の申立て等について十分な説明をし、理解を得なければなりません。
賃金を支払えないような場合、国の機関である労働者健康安全機構の賃金確保法による、賃金の立替制度の活用も説明する必要がありますし、健康保険証の資格喪失届などのことについても説明しておく必要があります。
(2) 患者への対応
病院やクリニックが自己破産をする際、今後の医療行為の提供ができなくなりますので、入通院をしている患者やそのご家族に対する配慮がとても大切になります。
今までの治療行為をいつまで提供することができるか、転院先はどの医療機関がいいか、そこで受け入れてくれる体制があるか等を十分に説明する必要があります。
自己の病院やクリニックで対応できない場合は、県に相談したり、所属の医師会に相談して協力を求め、場合によったら、患者を受け入れることの可能な病院やクリニックを確保しなければなりません。
病院やクリニックの規模が大きければ大きい程、地域の患者に対する影響が大きくなりますので、上記のことについては、最大限の配慮が必要です。
(3) カルテの保管について
病院やクリニックが自己破産に伴い閉院するに際しては、患者のカルテの保管にも留意する必要があります。
医師法によって、カルテは診療終了の日から5年間は保存しなければならないことになっています。
又、カルテ以外の看護記録、手術記録等の各種書類も3年間保存しなければなりません。
これらのカルテ等の保存義務は、たとえ病院や診療所が自己破産したとしても、保存義務はなくなってしまうわけではありません。
そこで、自己破産等の申立てをする前に、どこで、どのように保管するかを決めておくことになります。
4 病院やクリニックの自己破産手続の流れ
病院やクリニックの自己破産の申立てが、会社等の自己破産の申立てと変るところはありません。
しかし、医療機関の特殊性として、次の点が異なります。 病院やクリニックは自己破産の申立てに際し、閉院し廃業することになります。
医療機関は事業停止後10日以内に保健所等の行政機関に廃止届出書を提出しなければなりません。
病院やクリニックの自己破産の基本的な流れは次のとおりです。
・自己破産手続の事前の準備と自己破産申立書の作成
・医療業務の停止と医療スタッフの解雇手続
・地方裁判所への自己破産申立書の提出
・地方裁判所による病院やクリニックの経営者に対する面接
・地方裁判所による破産管財人の選任と破産手続開始決定
・破産管財人との面談、病院やクリニックの保有資産の引継ぎ
・地方裁判所における債権者集会
・破産管財人による破産財団の収集と換価
・配当財源があれば、債権者への配当
・破産手続の終了
こうした手続において、病院やクリニックの代表者は、破産管財人に協力して、破産管財事務が円滑に進行するようにしなければなりません。
5 病院やクリニックが自己破産の申立てを弁護士に依頼するメリット
病院やクリニックの代表者が、弁護士に自己破産の申立てを依頼した時、弁護士は閉院のスケジュールを考慮して各債権者に対して受任通知を発送します。
そうすると、各債権者の取立てはストップし、代表者への督促はないことになり、すべて受任した弁護士が処理します。
又、破産手続開始決定がなされると、債権者は、それ以降、たとえ判決等の債務名義があったとしても、病院やクリニックの資産について、個別で強制執行することができなくなります。
病院やクリニック(但し、個人経営ではなく、医療法人の場合)は消滅し、配当後の残債務は支払う必要がないことになります。
もし、代表者である医師自身が金融機関に対する債務を連帯保証をしていたとしても、その医師が地方裁判所に自己破産の申立てをし、免責決定を得れば、連帯保証債務を履行する義務は消滅してしまいます。
なお、医師は自己破産の申立てをしても、医師免許を奪われることはなく、自己破産後も医師としての業務をすることができます。
このように、病院やクリニックの自己破産によって何らのデメリットはなく、ただ一定の期間、借金することができなくなることがデメリットといえばデメリットになるだけです。
6 まとめ
以上、病院やクリニックの自己破産の申立てや、その後について概要を説明しました。
当事務所は50年以上の歴史を有する古い事務所で、今までに中小零細会社の経営者の将来の生活の再出発を支援するために多くの自己破産案件の取扱いをしてきました。
勿論、当事務所は病院やクリニックの自己破産につきましても対応できる経験と知識を有しています。
病院やクリニックの経営でお悩みの医師の方々は安心して当事務所にご相談下さい。 必ず医師としての未来の展望が開けるものと思います。